日本理化学工業は、厚生労働大臣表彰や、累計50万部を超えるベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』にも掲載されている本当に素晴らしい会社です。
日本理化学工業は学校や塾などで利用されるチョークなどの文具メーカーであり、そのチョークを製造している社員の74%以上が知的障害者であることが1番の特徴です。
民間企業では、障害者の法定雇用率が2.2%(2018年4月1日より)と定められており、「74%」という数値がどれだけ驚異的な数字であるかが分かります。
筆者である私も川崎にある日本理化学工業を訪問させていただき、実際の働いている現場の様子を見てきました。
大山隆久社長は「1mmも同情なんかで障害者を雇用していない。会社にとって必要な人たちです。」という言葉が今でも記憶に残っています。
本記事では日本理化学工業が「なぜ、知的障害者を雇用することになったのか?」「どのように経営を成り立たせているのか?」などをお伝えしていきます。
昨今は、市場の期待に応えるだけでは成長に限界が来ており、強く社会的責任が求められるような時代です。
社会的責任の重要性はわかっているけれど、そんな綺麗事ばかりでビジネスはできるものか?と思うかもしれません。ですが、実際にできているのです。
日本理化学工業の取り組みをご覧いただければ、企業経営においてもっとも大切にするべきことは何なのか?ということを学ぶことができます。
目次
日本理化学工業とは
まずは、日本理化学工業はどのような会社なのかの会社概要や歴史をご紹介していきます。
会社概要
日本理化学工業は1937年に大山隆久社長の祖父が設立された会社です。創業して80年以上も持続しており、障害者雇用は創業から23年後の1960年から始めています。
歴代社長
- 大山隆久さん(創業者)
- 大山泰弘さん(2代目)
- 大山隆久さん(現社長)
社員数は85名(2019年7月時点)で、そのうち64名が知的障害者です。
主力商品は、粉の飛ばない「ダストレスチョーク」や、ガラスやお風呂の壁に書いても自由に消せる「キットパス」です。
実際に現場で商品を撮影させていただきましたが、小さいサイズで6種類、大きいサイズで18種類使えます。画像は6種類です。
そして、日本理化学工業は、国内チョーク業界ではシェア60%を超えるトップブランドにまで成長しています。
そして、これまで数多くの賞を受賞してきています。
日本理化学工業の受賞歴
- 労働大臣賞(2回)
- 内閣総理大臣表彰
- 企業フィランソロピー大賞特別賞
- 社会共生賞
- 渋沢栄一賞
- 勇気ある経営大賞(東京商工会議所より)
- 文部科学大臣発明奨励賞
- 厚生労働大臣表彰(2回)
- 日本障害者雇用促進協会会長表彰
- 神奈川県優良工場表彰
経営理念
日本理化学工業では、このような経営理念を掲げています。
日本理化学工業の経営理念
当社は、人と人をつなぐために私たちの商品、仕事の質、そして、私たち自身の人間性をつねに高め続けます。また、全従業員がつねに「相手の理解力に合わせる」という姿勢を大事にし、素直な心でお互いを受入れ、理解・納得をしながら成長していくことで、物心両面の働く幸せ(役に立つ幸せ)の実現を追求していきます。 そして、徹底的に障がい者雇用にこだわり、よりよい皆働社会の実現に貢献していきます。
(引用元:日本理化学工業ホームページ)
経営理念の中にはっきりと「徹底的に障がい者雇用にこだわる」という一文が明記されています。
また、「相手の理解力に合わせる」という一文においても大山社長の想いが込められているように感じます。
知的障害者は、文字を読むことや数字の計算が苦手なことが多いです。日本理化学工業でも、最初は教えたことを覚えてもらえず苦労していました。
でも、いろいろと知恵を絞り、「どうすればできるようになるのか?」と工夫することで次から次へと出来るようになりました。
そこから、できない彼らが悪いのではなくて、教える側の工夫が足りていなかったのだと気付いたのだそうです。
日本理化学工業が障害者雇用をスタートさせたきっかけ
日本理化学工業は最初から障害者雇用を決めて事業を開始したわけではありません。ある人との出会いから始まりました。
きっかけは2人の少女から始まった
そもそも知的障害者を雇用するきっかけは、会社の近くにあった養護学校の先生の訪問でした。
障害をもつ2人の少女(当時15歳)を採用して欲しいとの依頼です。
しかし、大山泰弘さん(当時は専務)は悩みました。
その少女を雇うということは、その一生を幸せにしてあげなければいけない・・・。でも、今のこの会社にそれができるのか?と考えると自信がありませんでした。
結局は「お気持ちは分かりますが、うちでは無理です。」と伝えて断ったのです。
それでも、先生はどうしても諦めきれずに合計3回も訪問しました。
何度も何度もお願いして、さすがに大山さんを苦しませてしまっていると思って諦めました。
その代わり「せめてお願いを1つだけ」ということで、こんな申し出をされたそうです。
大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか?
そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。
私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです。
頭をこすりつけるようにお願いしている先生の姿を見て、大山さんは心を打たれました。
その結果、「2週間だけ」ということで、障害をもつ2人の少女に就業体験をさせてあげようということになったのです。
ただ最初は「かわいそうだから」という動機だったと著書「日本でいちばん大切にしたい会社」にも書かれています。
2週間の就業体験が始まると、喜んだのは先生や少女だけではなく、ご家族全員で喜びました。
就業時間は8時から17時なのですが、2人の少女は毎朝7時には会社に来ていたそうです。
仕事は簡単な商品のラベル貼りですが、昼休みも、15時の休憩も、就業時間を終えても、気付かないほどに熱心に働いていました。それはもう幸せそうな笑顔だったようです。
そして、2週間の就業体験が終わりました。
これまでの働く姿を見ていた社員から、大山さんへこんなお願いをしたそうです。
あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。どうか、大山さん、来年の4月1日から、あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。
あの2人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として採用してください。
もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーします。だから、どうか採用してあげてください。
社員の総意です。みんなの心を動かすほどに、2人の少女は一生懸命に働いていたのだと思います。
こうして、社員みんなの気持ちに応えようと、大山さんは少女たちを正社員として採用することを決断したのです。
人にとって4つの究極の幸せ
大山さんにとって、1つだけ理解できないことがありました。
それは、障害者にとって、会社で毎日働くよりも施設でのんびり暮らしたほうが幸せではないかと思えたからです。
最初はなかなか言うことを聞いてくれないため、ミスをしてしまったときには「施設に返すよ!」と言うと、泣きながら嫌がる障害者の気持ちが分かりませんでした。
そんなとき、たまたま法事で禅寺のお坊さんに出会い、疑問を訪ねてみたそうです。
するとお坊さんは「そんなことは当たり前でしょう」と答えました。
人の究極の幸せとは、この4つだと言うのです。
人の究極の幸せ
- 愛されること
- 人に褒められること
- 人の役に立つこと
- 人に必要とされること
愛されること以外の3つは、施設にいては得ることができず、働くことによって得ることができます。
だから、少女たちにとって働くことは、人に褒められたり、人の役に立ったり、人に必要とされる幸せを実現するためだということです。
それなら、このような場を提供することこそ、会社ができることなのではないか。究極の幸せを得られることが企業の存在価値であり、使命なのではないかと気付きました。
経営を成り立たせるさまざまな工夫
障害者雇用するというのは綺麗事ではありません。ここでは伝えきれないぐらい沢山の苦労があったそうです。
通常は作業工程に人が合わせるものですが、日本理化学工業では人に合わせて工程を工夫するようにしています。
文字や数字が苦手な知的障害者に健常者と同じような教え方では理解してもらえなかったり、一緒に働くパートが「なぜ自分と同じ給料なのか?」という声も上がっていたようです。
文字や数字が苦手でも「色」で識別できるような工夫
障害を抱える人たちは、自宅からの移動手段が徒歩やバスであったり様々です。でも、会社に来るまでには必ず信号機のある道路を歩いてきています。
つまり、信号機の「赤」や「青」の違いを認識できるのだから、色を利用しようということになりました。
チョークなので「白」「赤」「緑」「黄」など様々な種類の色があります。それであれば、工場のラインに流す材料の色も容器の色で表すように工夫したのです。
数字が読めない人は、量りの目盛りが読めなくても使えるように、「青い容器に入っている材料は、青い重りで測って混ぜる」と教えることで間違えないようになりました。
チョークのJIS(日本産業規格)があるため、チョークの太さや長さを規格内にする必要があります。通常は定規やノギスを使って測るのですが、このような道具を使うことで障害者でもチョークの検品をすることができるのです。
こうした様々な工夫を拝見すると、私たちがついつい忘れがちな「伝えるではなく、伝わるように」ということを一人ひとりが実践されている企業だと思います。
お世話手当や毎日の目標設定
日本理化学工業では、障害者の給与に不満を感じている人がいることから、少額ではあるもののお世話手当を支給することにしています。
お世話手当の施策はうまくいき、健常者のパートの人も「もっと親切にしなくては」という意識に変わっていったようです。
また、私が実際に工場を見学させてもらったときには、一人ひとり「1日の目標設定」を定めていることを教えていただきました。「今日の目標は○○個作る」といったように作業者ごとに決めています。
1日1日の目標達成することが、障害者にとってのモチベーションになっているようでした。
健常者や障害者に関係なく、チャレンジすることは共通してみんなの成長に繋がるということだと思います。
障害者雇用の現状を知る
日本理化学工業がどれだけスゴいことをしているのかを理解いただくために、障害者雇用の現状もお伝えしていきます。
障害者の居場所作りという点においては、まだまだ多くの課題があります。
法律で整備されていても、結局は受け入れる企業側の経営陣および働く社員が障害者を支える必要があるのです。
実際に障害者を採用はしているけれど、会議室で1日中仕事を与えず放置されてしまうようなことだってあると聞きます。
また、身体障害者の採用は進んでいるものの、知的障害者の採用は身体障害者の採用と比べると少ない状況です。
(引用元:厚生労働省 障害者雇用状況の集計結果)
ですが、障害者の法定雇用率や作業所での賃金(工賃)の現状を見ると、民間企業での障害者採用や居場所作りは急務です。働きたくても働けない人たちもまだまだ沢山います。
障害者の法定雇用率
民間企業では、障害者の法定雇用率を達成することが義務付けられていて、民間企業の場合は2.2%を超えなければ納付金を徴収するようになっています。
雇用する障害者が1人不足すると、1ヶ月あたり5万円の納付金が必要です。ですので、未達成の場合は1年間で60万円の納付金を国に納める必要があります。
では、どれぐらいの企業が法定雇用率を達成できているのかご存知でしょうか?
実は達成できている企業は多くあるとは言えない状況です。
厚生労働省の『平成30年 障害者雇用の集計結果』によると、わずか45.9%の企業だけが達成できています。(東京都はワースト1位の29.6%。)
残りの54.1%の企業は「納付金を支払う方が安上がりである」という判断をしているということになります。
障害者の平均工賃
通常の事業所で働くことが困難だとされる障害者は、就労継続支援事業A型とB型で働くことができます。
A型とB型の違いは「雇用の有無」です。
B型は雇用契約を結ばず、A型が雇用契約を結びます。そのため収入に違いが生まれます。
B型の場合は労働契約には該当しないため「賃金」ではなく「工賃」と呼ばれて、収入の最低ラインが存在しません。A型は最低賃金以上は受け取れます。
精神障害・身体障害・知的障害などの統計数字ではありますが、B型の月額平均工賃はわずか1万5千円です。A型の平均給与は7万円です。(平成28年度)
理念に共感する人々からの支援
ダストレスチョークのマーケットシェアが60%を超えていたとしても、市場規模は年々減ってきています。
ホワイトボードの登場やIT化や電子化で、これまでオフィスでチョークを利用する機会が減ってしまったからです。
ですので、働く障害者の人たちの居場所を作るため、懸命に新しい市場の発掘や新規商品の開発を進められています。
その中の1つが冒頭でも少しご紹介した「キットパス」です。
川崎市の勧めで早稲田大学を紹介されて、「障害者をたくさん雇用している会社であれば、ぜひとも協力したい」と共同開発がスタート。
また、銀行融資の際にも、想いに共感してダメかと思った融資が実現したことがありました。
実は日本理化学工業はもともと東京都大田区に拠点を構えており、神奈川県川崎市にある工場は移転の際に建てられたものです。
得意先の信用金庫は第一次オイルショックで断られてしまい、三菱銀行(現:三菱UFJ銀行)の営業マンが熱心に支店長を説得したことで融資を受けることができました。
徳は孤ならず。
「徳のある者は孤立することがなく、理解し助力する人が必ず現れる。」という意味です。大山さんはまさに実践されていらっしゃいますね。
私たちにできること
日本理化学工業はチョークだからこそ、多くの知的障害者を雇用できたと大山泰弘さんもお話されています。
例えば、文字や数字ばかりのインターネット業界などは不向きだと思います。でも、私たちが日本理化学工業から学べることというのは、なにも知的障害者の雇用だけではないはずです。
日本企業は、働く社員や社員の家族を大切にすることを忘れてしまっているところが多いと思います。
でも、社会的弱者と呼ばれている知的障害者を積極的に採用し、仕事を通じて、人から必要とされることや役に立つことを経験させてくれています。
ついつい売上や利益に目が行きがちですが、本当に経営する上で大切なことって、会社に関わるすべての人が幸せになることだと思います。
それを実践してくれているのが日本理化学工業であり、これからも障害者の雇用を増やしていく本気の想いを感じさせていただきました。
また、消費者という立場で貢献できことであれば、家庭内でも使える「キットパス」を購入することだと思って買いました。
さっそく自宅で娘とリビングの窓に落書きしてみたのですが、普段は壁などに落書きすると怒られるものが書けるから楽しいみたいです(笑)絵はヒマワリだそうです。
書いたあとはウェットティッシュで驚くほど簡単に消せました。
子どもが口にしても全く問題ない素材になっているので、小さな子どもがいる親御さんでも安心して使わせられるのではないでしょうか。
「窓ガラスでのお絵かき」は外の景色を見ながら描くため、子供たちの五感を豊かに刺激してくれるそうです。
Amazonからも購入できますので、良かったこちらからどうぞ。
最後に
知的障害者を雇用しようと思ったきっけかとなった少女がどうなったのか気になりませんか?
実は68歳まで働かれました。(写真の左側の女性)
本当は60歳で定年退職だったのですが、会社の方からもっと力を貸して欲しいとお願いして続けてくれたそうです。本当に素敵な笑顔をされています。
そして、会社には「働く幸せの像」が置かれており、このように刻まれています。
尊師は人間の究極の幸せは
人に愛されること、
人にほめられること、
人の役に立つこと、
人から必要とされること
の4つと言われました。
働くことによって愛以外の3つの幸せは得られるのだ。
私は、その愛までも得られると思う。
この記事を読んで、働くことの意味を考え、変化する機会にしてもらえたら幸いです。